20歳の自分に受けさせたい文章講義
どんな問題を解決する場合、一番最初に行うべき作業は何が問題であるかを明確にすることだと思います。問題点の整理なしに手を付けていったら、ゴールにたどり着くまでに相当な労力もいるでしょうし、無駄も多いためこぼれ落ちたままの問題点もあるかもしれません。できないことができるようになるためにはその障害となるものを明確にしてこそ対峙できるものであり、そういう前提のない努力は「努力のための努力」という、いわば自己満足を目的とするようなものだと思います。
文章を書くというのはそんなに難しいことではないと昔は思っていました。ところが月刊トレーニングジャーナルでコラムを連載するようになり、文章を書くにあたっての問題点に直面するようになりました。月日の経つのは早いものでかれこれ6年近く連載を続けているうちに文章を書くにあたっての問題点がクリアされたものもあったでしょうし、逆に未だ問題点に気づかず同じような過ちを繰り返しているのではないかという潜在的な恐怖心がこの本を読む動機となったわけです。
表情・身振り手振り・声色・間の取り方など喋るときに使える表現の補助となるものはなくなった条件下で文章を書かなければいけません。よくよく考えてみれば文章を書くのは難しいものです。
読んでみて感じたのはプロのライターらしい文章の書き方のテクニックが詰まった本です。実に論理的な解説に納得することばかり。こういってしまうといかにも理屈っぽいつまらなさそうな内容に思えるかもしれませんが、そこはやはりプロのライターが書いた本ですから、読者の興味をそそるような展開になっています。
筆者の目線はあくまで読者目線。つまりは読者に喜んでもらえるように書くというのが本書の命題でもあり、テクニックにしても読者が興味を引き読みやすくすることを目的としたものです。いうなればそこには一切の自己満足はありません。徹底的にどう書けば読者が読んでくれるかに的を絞り込んだ内容であり本書の構成ですから、興味のない人が読んでも読みやすい本だといえるでしょう。
「読者には読まないという最強のカードを手に、文章と対峙しているのである」
この言葉が太い文字で書かれていましたが、書く方には強烈な一撃です。せっかく一生懸命に書いた文章でも面白くなければ読んでもらえないという事実を書き手がどこまで認識しているか。本のタイトル「20歳の自分に受けさせたい文章講義」というのも筆者が20歳のころ右も左もわからない大学生だったとしてそんな時代の自分にも読みやすい文章を書くという手法がそのままタイトルとしてつけられたようです。
私が学生時代にNHKのアナウンサーから話し方のレッスンを受けたとき「ひらながで喋る」という言葉をいただきましたが、その意味とは「漢字=難しい」「ひらがな=簡単・理解しやすい」とイメージし、聞き手にわかりやすい言葉を選んで話すように指導していただきました。本書に書かれていることは同じ意図なんだろうと思います。
えてして難しいことを知っている人は難しい言葉を選びがちなところがありますが、それでは相手は同等の知識を持った人だけに限られ、人の理解を得られる文章としては問題があるということなんでしょうね。難しい言葉を選んで使った方が賢く見えるという自己顕示欲みたいなものもあるかもしれません。
私もついつい調子に乗って知ってることを全部書いてしまう。それによってテンポが悪くなったり間延びしたり、いつも文章を書いていて反省することです。
ようやく「推敲」という作業ができるようになってきました。書いてから2~3日間をあけて、書いた自分と違う感覚の自分が文章を読み直してどう感じるか。そうすることで他人の書いた文章を読んでみる状況に近づけるわけです。
それでもなかなかチェックポイントが自分でも気づかず、消化不良のまま投稿することもあるのですが、多くのチェックポイントを提供してくれた本書を有効活用したいと思います。
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