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2014/10/15

日本人の身体

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日本人の身体 安田登

私は著者の世界観が好きです
日本人が忘れかけていた古来からの日本人の世界観といった方がいいかもしれません
他の国から見た日本人の評価で物事をはっきりしないという特徴が挙げられ
日本人に対する理解に苦しむところでしょう
私自身も若いころから日本人のこういうところが嫌いで
意識して自分の意思はハッキリと相手に告げる習慣を身につけようと努力したものです
それでもやっぱり日本人としての血筋でしょうか
それが徹底できないことが多かったのです

なぜならば白黒をはっきりさせることが
必ずしもいいとは限らないということがわかってきたからです
曖昧な中に互いの心情を理解し合い
尊重するという発想が根底にあるからかもしれません

一方が勝ちでもう一方が負け
世の中そう単純なものでもないでしょうし
環境によって状況の変化もあるかもしれません
だから曖昧な決着も選択肢として捨ててしまうにはもったいないような気もするのです

ずいぶん前置きが長くなりましたが
能楽師でありロルファーでもいらっしゃる安田登さんは
能楽にとどまらず古来からの日本人の価値観の言及されたのがこの本です
日本人の有する曖昧さは一方に決めきれない優柔不断さからくるものではなく
「混沌」という概念を認めそこから利を生む積極的な曖昧さと受け止めました

「心」と「身体」は別個独立のものではなく本来不可分一体の存在であり
「からだ」というのは「殻」「空」などの文字が当てはめられ
「抜け殻」つまりは死体を表す言葉だったというから驚きです
元々は「身(み)」が心と身体の両者の存在を表したんだとか
本書には「心」と「身体」が分離して考えることの問題点も指摘し
西洋文化が浸透してきた現代の日本人に対する提言もあります

「和して同ぜず」という孔子の言葉がありますが
本当の「和」とは様々な異なる意見をも包括したうえで
コミュニティー全体で進むことをいうという指摘は
ディベートで意見を闘わせ勝敗を決め
勝者の意見のみをとりあげるアメリカ式の運営方式とはまったく違い
異なる意見の持ち主同士が協力しあって前に進むということの尊さを教えてくれました

逆にそういう点においては現代の日本社会でそういう意味での「和」はないという厳しいご指摘もごもっとも
日本の国会でも与党と野党が対立しなければならない必然性はないのに
何が何でも対立するという図式には辟易しているのが国民の本音かもしれません

以前読んだ「あわいの力」という著書の世界観がここにも
多数紹介されていますが
日本人の曖昧さは中途半端であったり消極的なものではなく
むしろ壮大なる曖昧さというか心豊かな曖昧さといった方が
本書の趣旨に合うのかもしれません

「身体」というものが外界との境界であれば
その境界さえも曖昧にして外界との触れ合いをしようという発想は
自然に共生しようとしていた「過去の日本人」ならではなのかもしれません
あえてそういう言い方にしたのは
今我々が少しずつ自然を肌で感じ
ともに生きようとする意識に乏しいからです

現代、日本人は世界に誇る文明を手にしました
しかし同時に古来の人たちが持っていた
自然を感じるという習慣を手放すのは惜しいような気がします
これらは二律背反では決してありません
境界を曖昧にしてしまうのが得意な日本人ならば
いずれそれも可能にしてくれるだろうと思いたいのです

面白い本ですよ

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