解釈の仕方
「起こった出来事をすべて把握して、その原因を特定し、両者の因果関係がわかれば問題は解決したも同然だ」
だいたいこういう意味のことを言ったのはインドのJ.クリシュナムルティ
森羅万象にそれぞれ原因があり何らかの因果関係が存在するわけですから
このセリフももっともなことかと思います
私たちの仕事でも身体に起こっていることを把握し
原因がわかり因果関係が存在すれば
だいたいやるべきことが見えてきます
まず自分の手に負える問題かどうかを判断しなければいけません
なんでもかんでもできるほど力もないわけですから
手に負えなければ無理してやるべきではありません
そのへんがわからずダボハゼのごとく食いつくのもみっともないわけで
自分の技量くらい把握するのはある程度年数がたったら当然のことです
その上で身体に探りを入れながら原因・結果・因果関係を整理していくという心裡的な作業が開始します
毎日毎日こういうことをやっていれば
何らかの法則性が見えてくることがあります
これが我々手技療法をやる人間の大きなポイントになるのではないかと考えています
学校などで手技の技術は習っても
具体的な臨床を教わることは稀です
私の場合師匠の元でインターンを経験しましたので
多少の方法論は教わりましたが
しかしそれもすべてを学ぶことはありえず
結局自分の経験上で具体的なプロトコルを構築していくわけです
正直な話、独り善がりで危うい面も多いのですが
手で感じることは術者それぞれで違います
さらにその情報を練り上げて思考を巡らせる作業になれば
もっとパターンが変わってくるはず
だから同じ手技療法をやる者同士でも
施術の内容は解釈の違いは当然出てくるわけです
色々なセミナーなどで教えてもらうこともありますが
思考停止状態でそれを疑うことなくやれるほど素直な人間でもありません
あくまでも教わったことを咀嚼して消化した上で身につけるべきだと思います
ネットなんかで調べ物をしていると
同業者の様々な意見を目にします
私とまったく違う解釈でひとつの症状を見ている方も多く
似たような考え方をしている方もおられるようです
当然自分と同じ考えだけを支持したい気持ちもあるのですが
いずれもエビデンスに欠けることが共通の弱点だったりします
客観的に見ればどっちもどっちなんだろうと思います
笑止千万と切り捨てることは簡単なんですが
それぞれの考えがそれぞれの術者の結晶のようなもの
安易に否定するのも己の度量のなさを示すようでイヤなんです
たまに調べ物をしていると
新鮮な発想に出会うことがあります
| 固定リンク
コメント