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2012/02/29

ちょうどこの日に

今日は2月29日
うるう年のうるう日です
ちょうど4年前に禁煙を始めました
2月29日は覚えやすいですね
きっかけになったのはこの本

Photo
サクセスフルエイジングのための3つの自己改革 川田浩志

これを読んですごく感銘を受けたのですが
最後の最後に「タバコ吸ってる人はこの本に書かれてあることを実践するスタートラインにすら立っていない」というニュアンスの文言がありました
愛煙家だった私にとってこれ以上きついひと言はありません
それならとばかりにこの日から一切タバコを吸わなくなって早4年
ご縁があってその後川田先生からも励ましのお言葉があったり
いろいろなご指導をいただき今日に至ります
今ではテレビ出演も増えて明石家さんまさんにいじられるまでの有名人になられましたからね(笑)

この本は今でも名著だと思います

それにしても30年近くタバコを吸い続けていたわりに
今では愛煙家だったことすら忘れているんだから面白いものです

これはタバコを吸っていたからわかるんですが
タバコをやめてよかったと思うのは
タバコを吸うことを辛抱しなくていいということ
特に今のご時勢はそうですが
いつでもどこでもタバコを吸えるというわけではなく
そうでないときは長時間辛抱をしなければならず
そんな辛抱をしなくてよくなったのが楽なんです

しかも1カートン吸ってはたして何本オイシイタバコがあるでしょうか?
おそらく200本吸って2~3本あればいいとこじゃないでしょうか?
吸えなくて苦しむのは苦しんでも
辛抱の末吸ってもそんなに感動はありません
むしろ惰性で吸ってたというのが実感です
それでもやめられないんですよね
わかりますよ

何かきっかけがあれば…
という人も多いんじゃないでしょうか
私にとってこの本が大きなきっかけとなったわけです

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2012/02/28

渾沌、七竅に死す

「渾沌(こんとん)、七竅(しちきょう)に死す」という言葉を知りました

南海の帝を儵(しゅく)といい、北海の帝を忽(こつ)といい、中央の帝を混沌(こんとん)といった。 儵と忽とはときどき混沌の土地で出会ったが、混沌はとても手厚く彼らをもてなした。儵と忽とはその混沌の恩に報いようと相談し、「人間にはだれでも〔目と耳と鼻と口との〕七つの穴があって、それで見たり聞いたり食べたり息をしたりしているが、この混沌だけがそれがない。ためしにその穴をあけてあげよう」ということになった。そこで一日に一つずつ穴をあけていったが、七日たつと混沌は死んでしまった。

というストーリーだそうです
SF小説みたいでピンとこないかもしれませんね
荘子の応帝王篇にある寓話だそうです

なるほどなと思ったのは良かれと考えいろいろと施すと逆効果になる場合もあるということなんですね
整体という仕事に限った話ではないでしょうが
仕事でしている以上持てる力を最大限に発揮して成果を得る
これが原則なんだと思います
だからすべての手を尽くすというのは当然のことなんですが
安易に「全力を尽くす」ということに満足していると逆効果になることもある
こんな戒めがこの言葉の趣旨のようです

正直申し上げるとこの仕事を始めた時
何とかしようと一生懸命やりすぎたためにかえって悪い結果になったこともありました
ものの加減が分からないというのも怖いもの
裏目に出ることがあるのを何度か経験しました
「適当」とか「いい加減」ということの大切さを知ったわけです

一生懸命やるのは当たり前のこと
しかしプロの仕事は足し算だけではなく引き算も必要
やるべきことを知っているのも大切ですが
やってはいけないことも知っておくべきです
「渾沌、七竅に死す」という言葉に触れてあらためて思い出した次第です

話は飛躍しますが…
エライ方になると「究極の治療とは何もしないことである」
こんなニュアンスのことをおっしゃいます
ひょっとしたら「サマディ」という概念に関係するんじゃないかと推察する次第です
もちろん私がそんな境地に達するにはあと100年ほどかかりそうですが
突き詰めて考えると相通ずるものがあるのかもしれません

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2012/02/27

リカバリー

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去年の夏くらいからご難続きのパソコン
マザーボードが故障したり電源ユニットが故障したり
購入してちょうど2年になるのですが
案外早くにトラブルが続きます
実は購入当初からOS自体もいろいろ問題があって
わずか2年足らずで動作も緩慢になってきました
結構ストレスがたまるような動作にになってきたので
久々にリカバリーを敢行しました

前のXP機は5年間リカバリーすることなしに使ってきたので
余計に物足りさなを感じるのです
それでもこれがなければ仕事にも支障をきたすのですから
いつかはやらないといけないと思っていました

データは外付けのHDDに移して
フリーのアプリケーションのURLも確認して作業開始
むかしと違って2時間足らずですべての作業が終了
MEのOSを使ってた時と違って設定作業もほとんど自動だし
ずいぶん便利になってますね

おかげさまで動作も比較的早くなったので
ストレスもたまりません

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2012/02/26

アウトサイド・バイ・ザ・スウィング

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アウトサイド・バイ・ザ・スウィング 山中千尋

この人のアルバムを聴くといつも自由奔放なイメージがわいてきます
もちろん何の制約もなしにというわけではないでしょうが
何かしらノビノビした解放感を感じずにはいられません
テクニック的にいろんなことができるからだろうとは思いますが
自然発生的な切れ味の鋭さは聴いてる方もウキウキするんです

「八木節」は十八番なんでしょうか…
民謡とは思えない迫力というか押しの強さは独特ですね
群馬県桐生市出身の彼女のソウルミュージックかもしれません
「2:30 ラグ 」なんかも超高速テクを見せつけられたような感じがします
幅広いジャンルの音楽を楽しめます

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2012/02/25

豚汁

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寒いので豚汁を作ってみました
里芋・ゴボウ・ニンジン・モヤシ・ネギで野菜いっぱい
味噌だけじゃなしに、刻みショウガも入れたのですごく温まりました

ところで「豚汁」は「とんじる」なのでしょうか?
それとも「ぶたじる」なのでしょうか?
大阪では「とんじる」が一般的なようです
調べてみると地方によっても分かれるみたいですね

翌日は残った豚汁にうどんを投入して豚汁うどん
これも美味しかったですよ

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2012/02/24

やっぱり苦手

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ようやく確定申告を済ませました
相談員の方に提出書類を確認していただいたら入力ミスを発見
急遽その場でやり直しました
パソコンを使って便利になったとはいえ
所詮は道具にしかすぎません
入力ミスまでは如何ともしがたく
今年も凡ミスをしでかしました
おかげでうどん一杯分くらいは税金が安くなったので助かりました

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それにしても慣れないところでの作業は焦りますね
係の方が一からやり方を教えて下さったので
なんとか無事に終了

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出口に貼られていた「お疲れ様でした」の張り紙が
深く胸にしみました

やっぱりこういうのって苦手ですわsweat01
それでも二日続けてネタにするあたりは私らしいでしょ(笑)

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2012/02/23

苦手

サラリーマンだったころ会社の先輩からこんなことを言われたことがあります
「君は仕事もきっちりしてるのに意外に事務作業ができんな」
会社の営業報告書類をまとめていたとき
計算ミスを繰り返し、書類に書き込む字もミミズのダンス
若いころはそこそこ上司の覚えもよろしく
「仕事ができる」という評価を頂戴しだしたころの
まさかの弱点でした

字が汚いのは左利き故ですが
計算ミスを繰り返すのは気ばかり焦って
丁寧な作業をしなかったのが原因です

自分では学生時代からわかってはいたのいですが
知らない人は当然知らないわけで
チマチマした作業をするとどうも集中力が低下するきらいがあります

毎年憂うつなのはこの季節
確定申告です
別に収入が多くて困るわけではありません
やり始めたらそんなにたいそうな作業ではありませんが
事務作業をするという段階で腰が引けています

最近はweb上から書類作成ができるので便利ですね
それでも下準備の計算でミスを繰り返すのは今までと同様
検算すれば間違いも多く30分も作業を続けるとイラッ

休憩の方が長いのではというペースで作業が進行します
ある程度進んだ段階で予約が入るというのも
私に対する救いなのかもしれません

なんだかんだで昨日作業を終了しました
今日これから申告してきます

去年も添付書類のミスで後日電話がかかってくるというハプニングもありましたからね
税務署から電話がかかってくるのも精神衛生上よくありません
今年はしっかりと確認してから提出することにします

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2012/02/22

動かないと

運動すると疲れます
仕事をしても疲れます
疲れを取るには休むに限ります
何でもかんでも食べ物でなんとかなると思っている人もたまにいますが
疲労回復は休息が一番大事です
中にはずーっと休んでいたいなんて人もいるんじゃないですか?

私たちは「動物」です
「動くもの」と書く動物です
植物との決定的な差は動かないと栄養分の補給ができないこと
だから否応なしに動くことが宿命づけられています
そして忘れてはならないのは我々に与えられた身体は動くことによってその身体機能を維持することができるということです
逆の言い方をすれば動かないと身体の機能は正常を保つことができないのです
廃用症候群というのがあります

安静状態が長期に渡って続く事によって起こる、さまざまな心身の機能低下等を指す。生活不活発病とも呼ばれる。特に病床で寝たきり状態でいることによって起こる症状が多い。

筋萎縮
関節拘縮
褥瘡(床ずれ)
廃用性骨萎縮(骨粗鬆症)
起立性低血圧
精神的合併症
括約筋障害(便秘・尿便失禁)

などが挙げられる。


(Wikipediaより)

寝たきりの方に起こりやすい症状です
これはかなり極端な例かもしれませんが
寝たきりでなくとも日常生活で「動き」の量が少ないと
ここまではいかなくても何らかの問題は生じてきます
あくまでも量的な問題にしか過ぎず
運動量が少ないと次第に身体の中で充分機能しないところが増えていくという発想で考えていただきたいのです

「老化現象」と気安く言ってますが
適度な運動を長期的に続けてきた人は
老化現象も起こりにくいのは事実です
むしろ適度な運動が老化のスピードを緩やかにすると考えた方がいいでしょう

ひとつの例として筋肉には運動をすることにより
安静時よりも多くの血液が流れます
その温かい血液には酸素や栄養素が含まれています
だから運動をすると冷えにくくいい状態の筋肉を保つことができるのです
血管があるところは皆同様です
内臓にだって血管が無数に走っているのですから
血液の恩恵を被るのは同じこと

もちろん運動も程度問題で
やればやるほどよくなるのかと言えばそうではありません
最初に申し上げたように疲れるのです
だから疲労との兼ね合いを考えながら運動すべきです
もちろん睡眠や食事とのバランスが大事なこともいうまでもありません

できれば運動の質も考えてムリなく全身をあらゆる方向に動かせたなら言うことなし
偏った運動もケガの素
こちらもバランスが大切なようです
別にオリンピックを目指すわけではないのですから
ハードなことをやる必要もありません
あくまでも健康な身体作りというの目的にそって
年齢・体力を考えた上で長期的にできる方法を選んでほしいものです

じっと休むのもいいものです
しかしそれは動いて疲れた身体を休めるための休息であり
じっとしていること自体が目的になっては本末転倒です

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2012/02/21

効果の量 効果の質

「効果」というものを求めて整体を受けます
整体だけに限らず病院でも薬でも何でも同じことだと思います
ところが「効果」とひと口に言っても期待する効果と実際に起きるであろう効果とにしばしば差が生じます

私としてもクライアントの期待にこたえたいのはやまやまなんですが
全部が全部というわけにはいきません
一回の施術ですべての問題が解決する
確かにこれは理想ではありますが
なかなか現実は厳しいもので
回数を要する場合もあれば
時間が必要な場合もあります

私が経験上わかる限りの説明はさせていただくのですが
ひとつのテクニックや一連の施術でも裏が表になるがごとく
ポンと変わるものではありません
ひとつのテクニックにより身体に対して刺激が加わり
次第に身体の内部で変化が起きるわけですが
身体のの機能に従ったプロセスも必要ですし
それに必要な時間もかかるのです

さらにその変化の量によってどの程度痛みを緩和できるのかが問題になります
足りないからといって一度にたくさんの変化は好ましくありません
身体は大きなバランスの変化を望みません
自分に都合のよい変化だけとは限らないからです
身体は変化によって新たなバランスを構築します
こうやって少しずつ変わっていった方がいい場合も多いのです
このあたりは私個人の観念的なお話ですので
世間一般で通用するかどうかは何とも言えませんが…

要するに期待する効果は一日にしてならずといったところなんですが
中にはその効果を針小棒大にアピールされる方もいて
しばらく通うと夢のようなすばらしいことが起きる
そんな宣伝をされているところも目にします
世の中「必ず」ということはあまり期待しない方が無難なわけで
その謳い文句と結果との間に大きなくいちがいがあるとき
しばしば効果の量や質に問題があるように思います

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2012/02/20

梅は咲いたか

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いつも歩いているウォーキングコースに咲いていた梅の花
まだ三分咲きといったところでしょうが
ようやくほころんできました
梅にウグイスとはいかないまでもスズメが枝で羽休めをしていました

春まだ遠いこの季節、北からの寒波が行ったり来たり
昨日の朝も氷点下2℃を記録し真冬そのもの
そんな中でも三寒四温がスタートしているような気がします
風のない穏やかな日には人知れず梅の花も開くのでしょう

そんなときには歩いていてもほんのり汗をかきます
出がけにはめていた手袋もポケットの中に入れると
少しだけ身軽になったような気がして足取りも軽快に…
身体が中から温まることの気持ちよさを感じられるようになりました

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2012/02/19

Back To Black

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Back to Black Amy Winehouse

初めてこのアルバムを聞いたとき
ビリー・ホリデイと似ているなと感じました
多少のジャンルの違いはあっても
パンチの利いた歌声とハスキーボイスはいにしえの歌姫とオーバーラップするものがあります
くどさはありませんがそれなのに人を惹きつける魅力にあふれます
酒とクスリに溺れ若くして亡くなったあたりもビリーそっくり
それを肯定的にとらえるわけにいきませんが
それも彼女の波乱万丈の人生の1ページなのかもしれません

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2012/02/18

試してみるとこれがなかなか

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フツーのカレーです
市販のカレールーで作りました
最近カレーを作るときの楽しみは自分で味を調節すること

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ズラッと並んだ香辛料を全部入れました
それだけではありません
トマトジュース・ハチミツ・鶏がらスープの素
もとはと言えば前日作ったポトフのスープが残っていたので
これでカレーを作れば美味しいだろうと考えたのが始まりでした
最後は思いつきで赤ワインを入れて3時間ほど煮込めば
なんともまろやかでスパイシーな仕上がりになりました
いわばあるものを全部放り込んだイケイケのカレーなわけです
バターライスとの相性もなかなかのもの

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そして翌日残ったカレーをダシで割り
山芋をかけて玉子を乗せ三ツ島真打インスパイアの「つるたまカレー丼」
これもウマウマ!

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2012/02/17

捻挫のあと、どうするか

足首のケガをしてレントゲンを撮ってもらい捻挫だと診断されたとき
「捻挫ですんでよかったね」
こういう言い方をする人がいます
きっとこう言いたいのでしょう
「骨折よりも捻挫の方が軽症だからよかったね」
ということなんでしょう
世間では骨折の捻挫の価値判断において骨折の方が重傷であるという認識なんでしょう
それに対して捻挫ならそのうちいつか治るだろうという判断が働くのでしょう
どっちが重傷でどっちが軽症か?
その判断はケースバイケースであり
一概に骨折の方が大けがだという判断は正しいとは言えません
重症であるという判断は別に問題はないのですが
捻挫が軽症であるという決めつけは後から重大な問題が起きる可能性もあり
馬鹿にはできないということを知っておくべきです
そして適切な処置と適切なリハビリや予防の必要性を認識すべきだと思います
私の知るケースでも誤った処置で余計な悪化を招き
一年以上歩けなかった人もいるくらいです

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月刊トレーニングジャーナル3月号

今月の特集は「捻挫のあと、どうするか」
この特集は読みごたえがありましたね
私にとっても身近な症状で捻挫のリハビリとして施術することもありますので役に立つ情報が満載

スポーツの現場などでも骨折なのか捻挫なのかはなかなかわからないもの
「骨折鑑別のプロトコル」では精度の高い識別法を紹介

捻挫の再発予防に対するプログラムも興味深いところ
「ルーティング」というコンディショニング方法が紹介されていますが
詳しいことも知りたいですね
私の施術との類似点もあり機会があれば勉強してみたいです

その他具体的なリハビリのアプローチ法も紹介されていますので
日頃、軽視しがちな捻挫に対する対処法も知ることができます

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私の連載コラム「からだことばに学ぶ知恵」も28回目
「拍手喝采」について考えてみました
世界中いろいろと異なる文化や習慣の違いがあれども
「拍手」が称賛の気持ちを込めて行われるのはなぜか万国共通
その理由に迫ります
読んで「なるほど!」と思った方は2つ3つ手を叩いてやってくださいまし

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2012/02/16

玄人はだし

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バレンタインデーにいただいたチョコムースです
とりあえずゼロにならずにすんだことを自慢したいわけではありません
このチョコムース、なんと小学4年生の子が作った作品です
「お母さんに手伝ってもらったんやろ」こう尋ねると
なんと全部ひとりで作ったんだとか…

トッピングも鮮やか
イチゴをあしらうとお店で買ってきたものと遜色ありませんね
味の方も玄人が裸足で逃げ出す出来栄え
こういう一面もあったのかとチョコレートで甘くなった舌を巻いた次第です

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2012/02/15

語感トレーニング―日本語のセンスをみがく55題

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語感トレーニング―日本語のセンスをみがく55題 中村 明

アタックネットにブックレビューが掲載されました
こちらをご覧くださいませ

同じようなことをいってるのに「粋な表現」だと感じることがあります
これは言葉を選ぶセンスがいいからです
同じ意味を表す言葉が複数ある場合
その選択によっては人々の心をとらえます
ある程度の語彙力があってもチョイスが悪いともったいないですね

言葉の持つ性格を理解して使わないととんでもないことにもなりかねません
使う人、使う相手、状況など使用上の注意を守らないと的確な意思伝達もできなくなるんですよね

どうせ使うならカッコいい日本語を使いたいものです

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2012/02/14

ダイナミック

「ダイナミック(dynamic)」という言葉を調べてみると
「動的なさま。力強く生き生きと躍動するさま。」
という説明が書かれていました
スポーツなんかで「ダイナミックな動き」というような言い方をしますが
動きの大きさや躍動感を感じたときにこの言葉を使います
ヒトの身体は常に動いています
じっとしていようが寝ていようがいつ何時でも動いています
外見上からは動いているように見えなくても
身体の内側では多くの器官が動いています
心臓が動いているのは皆さんご存じですが
その他の内臓も微細ながらも動いています
オステオパシーには「一次呼吸」という概念があって
頭蓋骨から脊椎そして仙骨まで一定のリズムで動くと言われています
頭蓋骨の動きなどは最大で0.2mmと言われていますので
シャーペンの芯の直径の半分以下という極めて小さい動きですので
普通動いているかどうか認識できないのが当たり前です
それ以外でも身体中を駆け巡る毛細血管も血管が広がったり狭くなったりして血液を運ぶわけですから体中いたるところに動きがあるのです

それぞれの動きにリズムがあったり強さがあります
普段は一定のリズムや強さで動いているのですが
いつも同じかと言えばそうではありません
呼吸や心臓の動きは運動しているときは激しく
安静にしているときは緩やかになります
それぞれの器官が働かないといけないときには活発になり
そうでないときは動きは穏やかになります
不必要なところに不必要なエネルギーを費やすのは効率的ではないからです

「動き」は「働き」と言い換えてもいいでしょう
働いていることはその器官が生きていることの証でもあります
動けばそれでいいというものではありません
適正なリズム、適正な力、あるいは臨機応変な適応力も必要かもしれません
それらが備わった動きこそが「ダイナミック」という形容に値するものだと思います

逆に動いていはいるけど弱々しい
動いてはいるけどリズムが狂ってる
あるいは環境の変化に対応できない
こういう状態は問題です
不活性な動きそのものがイコール病気というわけではありません
ある程度ひとつ以上の部位にまとまった不活性が生じるといずれは病気になるかもしれません
動かなくなるということは即ち「死」を意味します
そして鈍い動きはそちらの方向に近づいていることになるのです
だからそれは困るのです

「未病」という言葉があります
読んで字のごとく「いまだ病にならず」という状態を表した言葉です
病気ではないけれども身体の調子が悪いとでも言えばいいのでしょうか
調子が悪いと認識できない場合もあるかもしれません

原因不明の体調不良を訴えるケースでは
このような身体の動きが鈍いという場合もあるようです
(すべてのケースがそうであるとは限りません)
病気とは認定されなくても確かに身体がしんどい
身体の中でダイナミックに動くべき器官が適切に動いていない
そういうところを見るのも大切なことだと思うのです

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2012/02/13

「ビジネスマンの国語力」が身につく本

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「ビジネスマンの国語力」が身につく本 福嶋隆史

縁あって著者の福嶋隆史さんからTwitterのフォローをいただき
ご著書に興味を抱き買いました
8年間毎日このブログを書いたり
月刊トレーニングジャーナルで連載をさしていただき
文章は毎日のように書いてはいるものの
自分の国語力にはいささか疑問を持っていましたので
渡りに船といった感じでした

「この本は、いわば『ハウツー本』です」と最後に書かれていたとおり
ハウツー本そのものであるというのが一番の印象です
しかしながら上っ面だけのテクニックを例示したものではなく
論理的思考力に基づいた方法論であることがポイントなんでしょう
ただ感じたこと思ったことをそのまま文章化するのではなく
伝統芸や武術などで言われるところの「型」を重んじる
いわば哲学を感じるハウツー本ではないかと思うのです

「守破離」という言葉が話題になりましたが
その中の「守」に当てはまるのでしょう

身につけるべき「型」は3つ
「言いかえる力」「くらべる力」「たどる力」
これらの「力」に対する具体的な説明がこの本の主題
あまり詳しく説明すると怒られそうなので
興味のある人はお読みいただきたいのですが
文章に対する徹底的な客観視はできそうでできないこと
特に私の場合書いている間にのめり込んでしまい
自分がどこにいるのか迷子になるクセがあります
そこまでは客観的にわかってはいるのですが
なかなかできないのが実際に書くときの難しさ

「論理的思考力」を発揮しながら書くという心がけがなければできそうにありません
ひとそれぞれ書くということのスタイルはあると思います
せっかくですから活用しながら習慣化できれば
ちょっとはマシなのが書けるかもしれません

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2012/02/12

春の祭典

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ストラヴィンスキー 春の祭典

いつの時代も人々は安定を求めるのが常
昨日と同じ今日、今日と同じ明日が来ることに安らぎ覚えます
少なくともその方が命の危機にさらされる危険が少ないであろうという自己保存の気持ちが働くからでしょう

従来のやり方を破り新しいものを作り出した者は
称賛と非難を同時に受ける羽目になります
変化を待ち望んでいた人もいれば
受け入れることができない人もいるからです

ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーが生み出したバレエ曲は
あまりにも斬新で称賛と非難の声が高く
騒動になったと伝えられています

その経緯を知らない私にとっては名曲のひとつにすぎず
なんで音楽でケガ人まで出る大騒動になったか皆目見当がつかないのです
どこがどう違ったのかもわからないのですから
そんなエピソードも私には関係のない話

1913年に完成された「春の祭典」も来年で100年の時を経たというこになります
やっぱり音楽というものは穏やかな気持ちで聴くに限ります
春を待ちわびる今頃に聴きたくなる名曲です

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2012/02/11

微妙なお味で 肉じゃが

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久しぶりに肉じゃがを作りました
薄味でダシが利いた肉じゃがって憧れます

前からあったダシパックを二袋入れて作ったのですが
どうも化学調味料が勝った味なんですね
薄味にしたから余計目立ちます

今回は砂糖は使わずハチミツを使ったので
まろやかなお味に仕上がったのは幸い

ダシパックの表示を見てみると
いろんな種類の材料が書いてあって
最後に「アミノ酸等」ってありました
どうも配分に問題があるようですな
大手メーカーのですがこれからは気をつけないといけませんね

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2012/02/10

踏切の跡

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線路なくして踏切あり
どうも違和感が漂う光景です

ここは平野区出戸
元々は城東貨物線が通っていたところ
子供のころはディーゼル列車が汽笛を鳴らして走っていました
そういえば奈良方面に行く大和路線(関西線)も昔は電化されておらず
電車ではなくディーゼル車が汽笛を鳴らしながら走っていたものです

バブルのころには客車を走らせ大阪南港まで開通するという計画もあったのですが
それがいつの間にやら計画もうやむやになり
単線から複線にするために買収して広げようとした土地も
無駄に広い歩道になったままです

「夏草や兵どもが夢の跡」
松尾芭蕉のこんな俳句がありますが
この光景もバブルの夢のあとかもしれません

線路もいつの間にかなくなり
この先、延々と続くこの長細い土地はどう変わるんでしょうね

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2012/02/09

カラダハヒトツ

「身体はひとつのユニットであり、身体の諸器官や組織は互いに関連して機能している」
この言葉はオステオパシーの基本理念のひとつです
初めてオステオパシーというものを習ったときに教わりました
「なるほどな」とそのときは思ったのですが
具体的にその理念に基づいて施術するようになってきたのはまだ最近のこと
ひょっとしたらまだ不完全なものかもしれないのですが
誰もが「今」という時点において正しいことをしているのだろうという推定に基づき
この言葉の意味と各論における具体的方法を見出したと自分で思っています
きっと数年後には「あのころはできてなかった」と思いなおすに違いないでしょうね

整体院に訪れる人は身体に何らかの悩みを持っています
腰が痛い人なら腰が痛いといわれるでしょうし
膝が痛い人なら膝が痛いといわれるでしょう
こちら側としても言われた部位に対し何らかのアプローチをします
こういったアプローチを「対処療法」とか「局所療法」なんて言い方をします
それが悪いわけでもないし、間違っているわけでもありません
一次的なアプローチの方法としては当然であり自然でもあります

世の中で起きたことに対して必ず原因があります
そしてその原因と結果との間には因果関係というものがあります
インドの哲学者クリシュナムルティというエライ人はこういいます
「何が起こっているのかがわかって、どうしてそうなったのかがわかって、その両者の関係がわかればすべての問題は解決する」
この金言は原因と結果と因果関係を説いたものに他ならないわけでありまして
私の施術手順や考え方の大きなヒントとなったのが何年か前の話

腰が痛いというなら腰が悪いのは当然のことなんですが
逆に腰だけが悪いのかと言えば意外なほどそんなことは稀で
他の部位も触ってみるとたいてい何らかの異常が見つかります
ただ本人が認識できていないだけのことです
事故など特定部位に強い力が加わッた場合であれば
そこだけが悪くそれ以外の部位には何の問題もないのは当然でしょうが
これといってはっきりした原因がわからないのに痛みが生じた場合には
他の部分にも異常がある方が多いということです

また明確な原因がある場合でも
一定の期間を経過したらバランスの悪さが引き起こす二次災害みたいなのも起こりうるのです

さらには明確な原因というのも意外とアテにはならず
重いものを持ったら腰を痛めたというケースはいくらでもありますが
同じものを持っても普段は何もないにの
今回だけ腰を痛めたというのなら
ホントに重いものを持ったことが原因と言えるのでしょうか?
それならば10回持って10回とも腰を痛めなければ話の筋が通りません

似たようなことはいくらでもあります
油ものを食べたらお腹をこわしたとよく言いますが
同じものを10回食べて10回ともお腹をこわしたのなら
その食べ物が悪いんだろうという推定が働きますが
たまたま1回だけお腹をこわしたことに対して
食べ物が悪いと言い切れるのでしょうか?
いつも食べてる油ものを食べたくらいでこわすお腹が食べる前から悪かったという考え方はできないでしょうか?

話があっちこっちに行って整理しきれなくなりました(汗)
何がいいたいのかと言えば身体にはいろんなことが起きるということです
しかも悪いことに本人が気づくのは氷山の一角であるということ
ゴキブリに例えて申し訳ないのですが
1匹見つけたら60匹は実際にいるなんていわれますが
身体の悪い部分も一個所見つかったら60か所くらい悪いのかもしれません
いささかオーバーな表現になりましたが
私の経験では複数個所悪い部分がある方が圧倒的多数だと申し上げたいのです
しかも厄介なことにそれらの「悪さ」は相互の関連しているだろうと思われることが多く
ひとつだけを解決してもなかなかおぼつかないというのが経験上の知恵です

もう一度冒頭の言葉をいえば
「身体はひとつのユニットであり、身体の諸器官や組織は互いに関連して機能している」
長年かけて私が実感してきたことはこのことだったんだろうなと
今さらながらに昔とは違う理解を得たわけです
いやいや、全部経験できたとも思いません
むしろ無数にある関連性のひとつかふたつを見ただけで
全体を理解したかのようにふるまう愚か者の仲間入りをしただけのことでしょう

ただこれでオステオパシーのスタートラインに立ったような気がします

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2012/02/08

「運脳神経」のつくり方

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「運脳神経」の作り方

アタックネットでブックレビューが掲載されました
こちらをご覧くださいませ

がり勉タイプの子供は運動ができない
スポーツ万能のワンパク児童は勉強が苦手
そんなステレオタイプのキャラクターはマンガの世界だけかもしれません

運動も勉強も脳の指令で実現します
反復継続の努力が神経回路を作り出すことはまったく同じ
実は一番の敵は「できないんだ」という先入観

「成せばなる成さねばならぬ何事も 成らぬは人の成さぬなりけり」
この金言を脳のメカニズムをもって証明した一冊です
そしてその具体的な方法まで書かれていますよ

小学生のお子さんをお持ちの親御さん必見

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2012/02/07

いまごろ初詣

気がつけば二月節分も終えて立春をすぎたとき
重い腰をあげて初詣にでかけました

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いつもならしめ飾りのある鳥居もこの日はさっぱりしています
そぼ降る小雨の影響もあってか境内もいつもよりも落ち着いた雰囲気が漂います

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これなら神様もじっくり願い事を聞き入れてくださるのでは・・・
そんな手前勝手な期待も広がります

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雨の月曜日で予約も午後からしか入っていない
こんな日に出かけないといつ行くのか?
そんな気持ちに駆られて引き寄せられました

今まで落ち着かなかったんですよね
全くと言っていいほど信心のない私ですが
例年通りここを訪れるとなんとなくホッとします

ご祈祷が終わって外に出てみると降り続いた雨もやんでました
なぜかここに来るといつもそうなんですね

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2012/02/06

セラバンド

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セラバンドといいます
ゴム製の帯みたいなトレーニング器具で120cmほどの長さです

アンチエイジングフィットネス 40歳からはじめる 加齢に負けないからだづくりという本の付録なんですが
これでいろいろなエクササイズができるんです

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上腕二頭筋を鍛えるときはこうやって肘の曲げ伸ばし
けっこう嵌ってるんです
おかげで筋肉痛が次から次に出てくるんです
ヒマなときには小まめにやってますが
私の細い腕もマッチョになる日がくるのでしょうか…

たまには「冷や水」もいいかもしれません

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2012/02/05

バッハ オルガン曲コレクション

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バッハ オルガン曲コレクション

近くの書店で千円で売ってたんで思わず買ったのが数年前
5枚組みのCDは輸入版
バッハといえば宮廷楽団に就職して
教会付のオルガニストとして名をはせた音楽家であることは有名です
バッハの音楽は幅広いジャンルだといわれますが
やはりバッハといえば「トッカータとフーガ ニ短調」はあまりにも知られています
ちゃらり~鼻から牛乳~♪」と歌えば
クラシックをまったく知らない人でも「ああアレか!」となるわけです

神々しい旋律は聴いていても救われそうな質感が漂います
何かのときに聴きたくなるのはご利益でもありそうな気がするからかもしれません

クラシックの中ではクロード・ドビュッシーとJ.S.バッハが好きなんですが
自分でも一貫性のない好みに両者のひときわ強い個性を感じてなりません


トッカータとフーガ・ニ短調(アルバムのものとは違います)

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2012/02/04

鬼は外 福は内

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昨日は節分
この年になって豆まきが嬉しいわけでもないのですが
普段お店では見かけない大きなイワシが店頭に並ぶ日でもあります
まるまると脂の乗ったイワシです
これが食べられるのが一番の楽しみ

「鬼は外 福は内」の声とともに豆をまいたのは昔の話
子供も大きくなればこういう行事は積極的にはやらなくなるんですよね
インフルエンザが蔓延するこの時期
鬼に見立てたのは風邪やインフルエンザの病気だとか…

無病息災を祈るのは今も昔も同じ
時代が変われど一番大切なのは健康であることにかわりはありません

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2012/02/03

歯が命

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久しぶりに歯の手入れをしてもらいました
実は11月に通知がきてたのですが
タイミングが合わず延び延びになってました
2年前に今頃は親知らずの歯周病が原因でエライ目にあってました

人は痛い目に合ってこそ学習するもので
日ごろのブラッシングの重要性と
定期的な手入れの必要性を感じ
以来真面目に通っています

用途別の2種類の歯ブラシがメインで
歯間ブラシと糸ようじで足りない部分を補います

おかげさまでホンの少しずつ歯茎の状態も回復しつつあるみたいです
大きく改善することは期待できませんが
衰えていくことが多い中わずかながらも回復の兆しがあるというのは嬉しいこと

歯にまつわる問題は歯だけではなく
消化器系や顎関節などいろいろなところに影響を及ぼしかねない重要な問題
予防が最高の手段であることは他の部位とまったく同じ
80歳までに20本自分の歯が残っていることを目標になさっている方もおられます
わかってはいるんですが高齢者に自分の歯が残っていることは少ないのも現実
そう考えれば歯があるうちに予防するのは必然ともいえるわけです

まだまだ食べたいものもたくさんあります
食べる量は減ったとはいえ食欲はいまだ衰えず
自分の歯で食べてこそ気持ちよく食べられるのは
ご高齢の方からいろいろ伺っております

やることやらないで「自分の歯で」なんて
ムシのいいこと言ってみても
現実はそう甘くはありません

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2012/02/02

不思議なり!胸鎖乳突筋 その後

2004年の11月に「不思議なり!胸鎖乳突筋」という記事を書きました
あれから7年余りの歳月が流れましたが
いまだにコメントをたくさん頂きその注目度の高さに改めて驚いています
しかも私が以前の記事で書いたようにたんなる筋肉の緊張にとどまらず
他の症状との関係性の中で不思議なことが多いということが私の疑問であったわけです
今もなおわからないことが多いのですが
あの当時よりかはいくつか見えてきたものもありますので
途中経過ということではありますがご報告しておきます

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胸鎖乳突筋というのは非常にかわった筋肉で
支配神経は脳神経から出ています
どういうことかというと他の筋肉(骨格筋)はたいてい背骨の中を走る脊髄から末梢神経が出てそれらの神経の支配で動きます
わかりやすく言えば筋肉を動かす神経は背骨から出ているのですが
胸鎖乳突筋は(僧帽筋も)脳から直接出ているということです
やや難しい話になりますが
脳神経は12種類(12対)あってその中の「副神経」と呼ばれるところから出ています
「副」という字は「社長」の下に「副社長」がいるのと同様
本来、何かに従属するというか下部機関のような意味を持ちます
実はこの「副神経」というのは洋名を「アクセサリー」というそうです
「アクセサリー」とは皆さんご存知のとおり「装飾品」や「付属品」という意味
「副神経」というのは「アクセサリー」の訳語のようです

さて問題は「副神経」は何の付属品であるかということ
これは「迷走神経」だといわれています
迷走神経とは主に内臓を動かす副交感性の神経です
難しい説明はこの辺まででやめておきますが
要するに副神経は内臓を支配する迷走神経のアクセサリーだという事実は重要です

いったいどうして胸鎖乳突筋を支配する副神経が
内臓を支配する迷走神経の従属関係であるかは大きな疑問です
これについては胸鎖乳突筋の進化の過程を考えるべきです
我々の祖先が水の中で暮らしていたころ
呼吸はエラでしていました
要は魚だったということですが
進化する過程で陸に上がりいつの間にか肺呼吸にかわりエラの必要性がなくなりました
必要のないものは退化するのが生物の掟
いつしか陸に上がった我々の祖先はエラが消失するのですが
ただなくなるのではなく首を左右に引っ張ったり頭を下げる筋肉に生まれ変わりました
それが今の胸鎖乳突筋に当たるわけです

「鰓弓(さいきゅう)」という言葉があって「動物の初期発生で、魚類では鰓に分化する部分に相当する領域。ヒトでは、咽頭や中耳などに分化する。」という説明がされていますが、この胸鎖乳突筋も鰓弓のひとつになるわけです
エラといえば呼吸器官であり生命維持に必要な内蔵と同じ扱いを受けるのは当然のこと
だからずいぶん以前の祖先のころは同じ支配神経だったようです
しかし今ではまったく別の性質の器官になった以上
同じ神経支配のままではいられず副神経という違うものに分離していったのは自然の神秘でもあり自然な成り行きといわざるを得ません
しかし内臓とまったく関係のないものとなってしまった胸鎖乳突筋ですが
昔の名残でわずかながらも何らかの関係性を残しているのではないかと思うのです
ここの部分は私の仮説であり事実かどうかの検証もありませんし
私の言うことにエビデンスなんかありはしませんので
もし異なる考え方や賛同するご意見があればぜひともご教授願いたいと思っております

この考えは5年位前に東洋オステオパシー協会の会報のレポートにも書いたのですが
現実の世界に戻り臨床の場にこの仮説を持ち込み施術したところ
内臓との具体的な関係性や法則性もいくつか出ております
さらには自律神経にかかわる症状
例えば精神疾患との関連性もいくつかの例で感じております
ただしこれらすべてを胸鎖乳突筋に対するアプローチで解決できるかといえばそうではありません
むしろその関係性を見つけ出した後、それらすべてに対して総合的なアプローチをかけることが現状では得策だと考えております

今は研究途上ということもあり具体的な例を挙げてここで申し上げることはいたしません
ブログの性格上そこまでするつもりもありません
ただそれらの関係性が具体性を帯びた形でまとまりましたらこの続きをご報告するかもしれません

またこの中の記述で医学的な説明で不備があればお知らせくださいませ
研究論文ではありませんので一般の方にわかりやすい説明を心がけている都合上至らないところもある上に、私自身の知識の曖昧さで間違いもあると予想されますので宜しくお願いいたします

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2012/02/01

オスグッド病

膝の話題二連発でまいります

私が中学生のときは毎日クラブ活動に勤しんでいました
「バスケットをやったら背が高くなる」
そんな迷信ともいえる大人たちのアドバイスで
バスケット部に入部しました
結果的には背は伸びはしたもののクラスでも低いまま
私の期待は大きく裏切られました
小学校のころから柔術を習っていたのですが
これまた正座をすると足が短くなるという
大人の迷信でやめてしまいました

どうもこのころから大人の言うことに従って上手くいったことがなく
いまだに大人の言うことが信用できず
気がつけば自分が大人と呼ばれる年代になってしまいました
もちろん大人の自分も信用できません(笑)

部活でやらされたことといえば
校庭30周という常軌を逸した基礎トレーニング
おかげで入学当時100人近くいた一年生は
夏休みが終わるころには2人に減ってしまいました
ランニングでいつも最後尾を走っていた私も
おかげで一年生の中では2番目を走るようになったのです

二年生ごろになると走るということにも慣れて
そこそこは走れるようにはなったのですが
だんだん膝が痛み出しました
整形外科にいってもシップ薬を貼ってくれるだけ
後は様子を見ながら練習を続けていました

それがいつの間にか膝の形が変わり
膝のお皿(膝蓋骨)よりもその下の部分(脛骨粗面)の方が飛び出してきました
左右両方とも痛かったんですが
とりわけ左膝の痛みは激しく走ることもままならず
正座もできなくなりました

だから中学時代にバスケットで活躍できなかったのか
それとも技量が足らなかったのかは定かではありませんが
高校に入ってもバスケットするつもりだったのが
だんだん嫌気がさして結局高校ではやらずじまい
有望な選手を失ったのか、恥をかかずにすんだのか
それは神のみぞ知るといったところでしょう
ただ大人になってもその逃げ足の速さにはずいぶん助けられたこともありました(笑)

膝の方はというと二十歳くらいになっても痛みは続き
まったく気にしなくなったのは三十前になったくらいだと思います
当時は膝が悪いという程度の認識しかなかったわけですが
この仕事に入りスポーツ障害の知識も多少はついたのですが
そのときようやく自分の膝がどうなっていたかを知りました

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(画像はウィキペディア教育用画像素材集より拝借しました)

「オスグッド病」といってバスケットなどジャンプする機会が多いスポーツで
中高生がなりやすいスポーツ障害だったようです
大腿四頭筋をよく使い疲労がたまった状態になると
膝蓋腱が脛骨粗面を引っ張るような力が加わり
炎症から次第に骨端軟骨に分離や遊離が起きてしまうこともあるそうです

私の場合もそれで腓骨粗面が膝蓋骨よりも盛り上がっていたんですね
今更それがどうということはありませんが
10代の身体は大人への成長過程で
激しすぎる運動には耐えられないことだってあるわけです
しかし技量を伸ばすためには鍛えなければならないのも事実
そのあたりの見極めも指導者の大切な役割じゃないでしょうか
この症状においては基本的に休止することが一番だとか
それと大腿四頭筋のストレッチも有効です
こういうちょっとした工夫で痛みを回避したり軽減できるであれば
積極的にやった方がいいき決まってます

好きなスポーツを諦める前にケアをきちんとすることも重要なこと
鍛えてもケガをしては意味がありませんからね

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