「身体はひとつのユニットであり、身体の諸器官や組織は互いに関連して機能している」
この言葉はオステオパシーの基本理念のひとつです
初めてオステオパシーというものを習ったときに教わりました
「なるほどな」とそのときは思ったのですが
具体的にその理念に基づいて施術するようになってきたのはまだ最近のこと
ひょっとしたらまだ不完全なものかもしれないのですが
誰もが「今」という時点において正しいことをしているのだろうという推定に基づき
この言葉の意味と各論における具体的方法を見出したと自分で思っています
きっと数年後には「あのころはできてなかった」と思いなおすに違いないでしょうね
整体院に訪れる人は身体に何らかの悩みを持っています
腰が痛い人なら腰が痛いといわれるでしょうし
膝が痛い人なら膝が痛いといわれるでしょう
こちら側としても言われた部位に対し何らかのアプローチをします
こういったアプローチを「対処療法」とか「局所療法」なんて言い方をします
それが悪いわけでもないし、間違っているわけでもありません
一次的なアプローチの方法としては当然であり自然でもあります
世の中で起きたことに対して必ず原因があります
そしてその原因と結果との間には因果関係というものがあります
インドの哲学者クリシュナムルティというエライ人はこういいます
「何が起こっているのかがわかって、どうしてそうなったのかがわかって、その両者の関係がわかればすべての問題は解決する」
この金言は原因と結果と因果関係を説いたものに他ならないわけでありまして
私の施術手順や考え方の大きなヒントとなったのが何年か前の話
腰が痛いというなら腰が悪いのは当然のことなんですが
逆に腰だけが悪いのかと言えば意外なほどそんなことは稀で
他の部位も触ってみるとたいてい何らかの異常が見つかります
ただ本人が認識できていないだけのことです
事故など特定部位に強い力が加わッた場合であれば
そこだけが悪くそれ以外の部位には何の問題もないのは当然でしょうが
これといってはっきりした原因がわからないのに痛みが生じた場合には
他の部分にも異常がある方が多いということです
また明確な原因がある場合でも
一定の期間を経過したらバランスの悪さが引き起こす二次災害みたいなのも起こりうるのです
さらには明確な原因というのも意外とアテにはならず
重いものを持ったら腰を痛めたというケースはいくらでもありますが
同じものを持っても普段は何もないにの
今回だけ腰を痛めたというのなら
ホントに重いものを持ったことが原因と言えるのでしょうか?
それならば10回持って10回とも腰を痛めなければ話の筋が通りません
似たようなことはいくらでもあります
油ものを食べたらお腹をこわしたとよく言いますが
同じものを10回食べて10回ともお腹をこわしたのなら
その食べ物が悪いんだろうという推定が働きますが
たまたま1回だけお腹をこわしたことに対して
食べ物が悪いと言い切れるのでしょうか?
いつも食べてる油ものを食べたくらいでこわすお腹が食べる前から悪かったという考え方はできないでしょうか?
話があっちこっちに行って整理しきれなくなりました(汗)
何がいいたいのかと言えば身体にはいろんなことが起きるということです
しかも悪いことに本人が気づくのは氷山の一角であるということ
ゴキブリに例えて申し訳ないのですが
1匹見つけたら60匹は実際にいるなんていわれますが
身体の悪い部分も一個所見つかったら60か所くらい悪いのかもしれません
いささかオーバーな表現になりましたが
私の経験では複数個所悪い部分がある方が圧倒的多数だと申し上げたいのです
しかも厄介なことにそれらの「悪さ」は相互の関連しているだろうと思われることが多く
ひとつだけを解決してもなかなかおぼつかないというのが経験上の知恵です
もう一度冒頭の言葉をいえば
「身体はひとつのユニットであり、身体の諸器官や組織は互いに関連して機能している」
長年かけて私が実感してきたことはこのことだったんだろうなと
今さらながらに昔とは違う理解を得たわけです
いやいや、全部経験できたとも思いません
むしろ無数にある関連性のひとつかふたつを見ただけで
全体を理解したかのようにふるまう愚か者の仲間入りをしただけのことでしょう
ただこれでオステオパシーのスタートラインに立ったような気がします
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